デジタルシティ・プロジェクトにようこそ

石田 亨
京都大学大学院 情報学研究科 社会情報学専攻
NTTオープンラボ リサーチプロフェッサ

デジタル・シティプロジェクトは、1998年10月から3年計画で始められたNTTオープンラボのプロジェクトです。オープンラボは、コンピュータネットワークをNTTのファイヤウォールの外に置くなど、様々な機関と自由に交流し研究を進める体制を整えています。プロジェクト開始時点ではNTTコミュニケーション科学基礎研究所と京都大学から研究者が参加しています。今後はより多くの研究機関、組織からの参加が予定されています。立命館大学、同志社大学、京都工芸繊維大学、京都コンピュータ学院はデジタルシティ研究のパートナーとして、また日立製作所、オムロンソフトウェア、ゼンリンに様々なご協力を頂いています。Stanford大学のポスドクやシリコンバレーのエンジニアもプロジェクトに合流しています。

インターネットの利用者の全人口に占める割合が30%に近づいた北米、北欧の諸国では、コミュニティネットワーキングが盛んとなり、福祉を含む様々な社会情報システムへの応用が試みられ始めています。インターネットはビジネスばかりでなく、市民生活の道具として、その形を大きく変えつつあります。私たちが提案するデジタルシティは、求心力のある情報流通の場を人々に提供しようとするものです。私たちが構想するデジタルシティは、ネットワーク内に構築された想像上の都市ではありません。現存する都市(フィジカルシティ)を補完するものとして、言い換えれば、21世紀の市民生活の社会情報基盤として、都市のデジタル情報をネットワーク内に集積し提供するものです。その特徴は以下のとおりです。

  1. 3次元インタフェースなど、直感的に分かりやすい都市のメタファーを提供します。
  2. インターネット内に蓄積されている、都市のあらゆるWWW情報が収集され、デジタルシティ上に統合されます。 さらに、現実の物理的な都市空間からのセンサ情報がリアルタイムに収集され、デジタルシティ上に投影されます。
  3. 都市に居住する、あるいはデジタルシティを訪れる人々の間の社会的インタラクションを支援します。

デジタルシティは、フィジカルシティと共に現実の(REAL)都市を構成するようになります。 人々は、例えば、3次元仮想空間に表現されたデジタルシティを訪れることで、 渋滞の状況、天候の状況から、駐車場の込み具合、商店街の商品情報などを知ることができます。 デジタルシティは、人々が発信する最新情報を常に反映した生きた(LIVE)都市であり、 人々が自ら活動を通じて進化(EVOLVE)発展させることのできる都市を目指しています。

デジタルシティの発展形態として最初に考えられるのは観光案内です。 米国ではAOL(American Online)が全米に数十のデジタルシティを構築しています。 我々の構想とは違い、観光案内、店舗案内などに目的が特化されています。 米国の統計では、家庭の収入の8割は20マイル以内で使われています。 インターネットいかに発達し、経済活動がグローバルになっても、 人々の日々の生活はローカルだと言うことが、デジタルシティが発展する根拠となっています。

コミュニティとの関わりでは、欧州のデジタルシティが先行しています。 アムステルダムデジタルシティは5年の歴史を持ちます。このデジタルシティでは、WWW情報の統合・発信機能の他に、人々が仮想的に居住することを可能にし、「様々なコミュニティネットワーキングのためのコミュニケーション基盤」を提供しています。また、インターネット利用人口が全人口の3割に達した北欧では、インターネットの福祉利用が考え始められています。例えば高血圧に悩む患者のネットワークが検討されています。ところで高血圧患者に必要なのは、世界規模のネットワークよりも、むしろ会おうと思えば会える程度の距離の人々のネットワークです。デジタルシティは、こうした地域コミュニティのネットワーク作りに基盤を提供すると期待されています。

私たちの研究プロジェクトが目指すものは、 さらに一歩進んだ将来の社会情報基盤としてのデジタルシティです。 GIS、ITSの発達で、都市に埋め込まれるセンサ群は充実し始めています。 それらのセンサ情報の中には、市民生活で利用可能なものも多いと思われます。 さらに、デジタルシティを介してリアルタイムで情報を得ることが一般化すれば、 レストランや駐車場の空き情報など、市民が発信するリアルタイム情報も流入してくると思われます。 デジタルシティは、渋滞の状況、天候の状況、病院や駐車場の混み具合、商店街の情報などを知ることができ、 防災、物流、交通、商取引、勤務、福祉など、様々な目的に活用できる社会インフラとなっていくと考えています。

私たちの3年間のプロジェクトは、1年毎にマイルストーンを置き、 デジタルシティ京都を具体的に開発します。 開発されるプロダクツも重要ですが、それ以上に、こうした活動を通じて多くの方々と議論し、 社会情報基盤としてのインターネット利用の概念形成を行っていきたいと考えています。 初年度(1998年10月〜1999年9月)の開発内容を簡単にご紹介します。

(1) デジタルシティのヒューマンインタフェース
WWW情報ばかりでなくリアルタイム情報の受け皿となるデジタルシティでは、 3次元仮想空間の利用がポイントとなります。 ヘルシンキでは首都全体を3次元仮想空間に20cmの誤差で構築する構想が進んでいます。 カリフォルニア大学UCLAでは、ロサンゼルスの都市の相当部分を3次元仮想空間に再現しようとしています。 私たちのプロジェクトでも、ヒューマンインタフェースとして、2D地図の他に、3Dインタフェースを構築しています。 3Dインタフェースの構築には、様々な手法がありますが、構築が容易であること、構築された3D都市が魅力的でPCで十分利用できることが重要です。 そこで、最近公開されたツール3DMLを用いています。 このツールは専門家でなくても、容易に3D都市を構築できるので、 京都近辺の大学や専門学校の協力を得て,(言わばバザール方式で)3D京都を構築することを試みます。 VRMLを用いた3Dヘルシンキと比較すると、構築は容易で、PC上での実行速度も速く、プロトタイピングに最適です。現在、京都市内の10地区程度を試験的に実装し、2D地図との組み合わせで都市全体をカバーする方向を検討しています。

(2)デジタルシティの情報流通
デジタルシティの扱う情報は、インターネット内のWWWホームページと、実際の都市からのリアルタイム情報です。 ホームページから住所、 建物の記述を自動的に抽出し、 地図データベースを用いてXY座標に変換します。この変換の自動化が、生きた情報をデジタルシティに提供する鍵となります。リアルタイム情報としては、バスの運行情報、渋滞情報、気象情報、消防所などが設置したビデオの映像など、公的機関の管理するセンサ情報と、駐車場、レストランの空き情報など企業が管理するセンサ情報が考えられます。センサ情報を検索条件として、WWW情報の検索を行う仕組みも検討しています。これを用いれば、状況依存の検索が可能と、情報の絞り込みが容易になると考えています。

(3)デジタルシティの社会的インタラクション
都市の魅力はそこに住む人々、訪れる人々にあります。社会的インタラクションはデジタルシティの大切な構成要素です。そこで試みに、デジタルシティを訪れる観光客(海外からの観光客も多い)にバスツアーを提供しようと計画しています。 ツアーガイドはマイクロソフトエージェントが担当します。ツアーの設計は、実際のバスツアーの観察から始めます。現在、京都市内の外国人観光客を対象としたボランティア団体に密着し、会話例を収集しています。収集した会話例を参考にガイドエージェントを実装します。3D都市の表示画面の下にチャットスペースを設け、文化を異にする同乗客との会話を楽しみながら古都京都を観光しようという試みです。

以上、デジタルシティの研究の概要を述べましたが、問題がないわけではありません。プライバシー、肖像権、著作権、情報発信の倫理など、考えなければならない課題が山積しています。こうした課題を含めて総合的な検討を行うために、1999年秋には、デジタルシティ国際シンポジウムを計画しています。デジタルシティ京都という具体的なシステムの構築を行いながら、世界各地のデジタルシティ研究と連動し、新しい社会情報基盤の概念形成を目指して行きたいと考えています。

(1999年1月)